先日、武蔵野市内においてシンポジウム「国旗損壊罪を考える」を開催いたしました。



当日は多くの皆様にご参加いただき、武蔵野美術大学教授・憲法学者の志田陽子先生、弁護士・元衆議院議員の松尾明弘先生をお招きするとともに、本シンポジウムの開催にご協力いただいたNPO法人うぐいすリボンの荻野幸太郎氏にもご登壇いただき、現在議論されている国旗損壊罪について、憲法上の論点や政治的背景を含め、多角的な視点から議論を行いました。
私は国民の祝日には自宅に国旗を掲揚し、お正月には一般参賀で国旗を振ることもあります。国旗を大切に思う気持ちそのものを否定するつもりは全くありません。
しかし一方で、特定の表現に対して国家が刑罰をもって規制を行うことについては、大きな疑問を抱いています。
今回のシンポジウムは、「国旗を大切に思うかどうか」という感情論ではなく、「国家はどこまで表現を規制できるのか」「刑罰による規制は本当に必要なのか」という観点から、この問題を冷静に考える場として企画しました。
第一部:国旗損壊罪と表現の自由
第一部では、志田陽子先生より「国旗損壊罪と表現の自由」をテーマにご講演いただきました。
講演では、現在検討されている法案が保護しようとしている法益の問題や、「人に著しい不快感や嫌悪感を与える」という基準による規制の危険性について詳しい解説がありました。
また、表現の自由、思想・良心の自由、財産権、法の下の平等といった憲法上の権利との関係についても議論が行われ、法文の不明確さが市民の表現活動に萎縮効果をもたらす可能性が指摘されました。
続くパネルトークでは、志田先生、松尾先生、荻野氏を交えて、公共の福祉の考え方や外国国章損壊罪との比較などについて議論が行われました。
その中では、「国旗を大切に思う気持ち」と「表現の自由を守ること」は対立するものではなく、両者を切り分けて考える必要があることが繰り返し語られました。
第二部:政治的背景と展望
第二部では、松尾明弘先生より「国旗損壊罪の政治的背景と展望」と題してご講演いただきました。
松尾先生は、国旗損壊罪を単独の法案として捉えるのではなく、近年の安全保障政策や国家権力のあり方をめぐる議論の中で位置付ける必要があると指摘されました。
また、次のような観点から問題提起が行われました。
- そもそも立法事実は存在するのか
- 既存の法律では対応できないのか
- 刑罰以外の手段は検討されたのか
さらに、法律が実際に適用される件数が多いか少ないかにかかわらず、「処罰されるかもしれない」という意識そのものが表現活動を萎縮させる可能性があるとの指摘もありました。
その後の質疑応答では、理念法としての可能性、外国国章損壊罪との関係、違憲訴訟の見通し、国会での今後の議論、市民にできる取り組みなど、多岐にわたるテーマについて活発な意見交換が行われました。
開催を終えて
今回のシンポジウムを通じて改めて感じたのは、「国旗を大切に思う気持ち」と「表現の自由を守ること」は、どちらか一方を選ぶ問題ではないということです。
国旗を尊重する気持ちを否定する必要はありません。しかし同時に、刑罰によって表現を規制することが本当に必要なのか、その影響はどこまで及ぶのかについては、慎重な検討が求められます。
賛成、反対、それぞれの立場の違いはあると思いますが、感情的な対立ではなく、憲法や法制度の観点から冷静な議論を積み重ねていくことが重要だと感じています。
ご参加いただいた皆様、ご登壇いただいた武蔵野美術大学教授・憲法学者の志田陽子先生、弁護士・元衆議院議員の松尾明弘先生、そしてパネルトークにもご参加いただき、本シンポジウムの開催に多大なご協力をいただいたNPO法人うぐいすリボンの荻野幸太郎氏をはじめ、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。